― Drops of silence ―

― Drops of silence ―

God will not let you be tempted beyond what you can bear.                                     ―神は乗り越えられる試練しか与えない―
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冬霞

2018 ビオラ②

 子どものころは自分の世界をまもることが精いっぱいだと思う。
 生まれたときから聖人君子な人っていないと思う。
 人はいろんな経験・体験を経て、自己を確立していくものだと思っている。
 幼いころから精神的にイイ環境であったり、イイ教えを受ければ自律は早くなる。
 自立はできても自律を知らないオトナには情けなくなる。
 わたしは子どものころは自分中心に世界が動いていると思うほどの狭い心に住んでいた。
 180度世界が変わったのは教わったからでも諭されたからでもない。
 自ら学んだのだ。悟ったというか…。
 わたしに子どもが授からなければ、厚顔無恥なままの人生であったかもしれない。
 護るものができたとき、ひとは芯から強くなれる。強さイコール優しさだ。
 わたしの場合、それが子どもであったというわけだ。子どもを産めとかそういうことではない。
 むかしのわたしをバカだと思いたければ思えばいい。自分でも思っているのだから。
 ブログにきれいごとばかりを綴りたくはない。人には弱さも醜さもあって当然だ。
 それを隠して取り繕って偽善者ぶりたくはない、それがワタクス・・
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萌芽

2018 ビオラ①

 子どもたちが「6送会」のことを話していた。
 6送会とは6年生を送る会のこと。←だれでも知ってるって?ごめん!!
 我が子のときは各クラスで「思い出と未来を語る」みたいだったな。
 タイムカプセルを埋めて20歳のとき掘り出すという・・←掘り出してからすでに20年経過
 わたしの時代はそれこそ謝恩会というやつだった。
 全教師・保護者が一堂に会し、舞台で6年生がそれぞれ余興などを披露した。
 わたしは同じ地区の女の子3人で合奏と合唱をしようと決めていた。
 ところが同じ地区にはもうひとり女の子(M子)がいて、その子は今でいうLDだった。
 だから誰も一緒にやろうとはしなかった。そこで担任がわたしたちに押しつけた。
 本当は「一緒に入れてやってね」ということなのだが、当時は押しつけとしか思えなかった。
 合唱はまだイイとしても、合奏は?なにができる?なんにもできないじゃん!!という腹立たしさ。
 M子にはトライアングルをチーンと鳴らすように決めた。たったそれだけを何度も練習した。
 わたしたち3人は毎日イライラしていた。
 それでも本番では拍手喝采を浴びることができた。←だれもがですが、なにか?
 わたしは相当いやな子どもだったと、いまにして思う。
 40歳になったとき、初めて小学校の同窓会をやろう!と、わたしが提案した。
 そして各地区の幹事さんで全員の電話番号を調べ出欠の打診をした。
 わたしはM子に電話をした。
 彼女は結婚して同じ県内だけど名古屋寄りの所に住んでいると、ご実家から聞いていた。
 彼女は言った。「そんなん行くわけないやん。友達もいないし、いい思い出もないわ!」と
 それがずっと彼女の心に溜めていた言葉だったのだろう。
 でも吐きだしてくれてヨカッタと、なんかちょっと嬉しかったのを覚えている
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